陽だまり〜Ambivalent〜 *Sample*

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街外れにある木々に囲まれた大きなお屋敷。
整然と整えられた木々たちは静かな雰囲気を醸し出し、その隙間から降る太陽の光は暖かさを感じさせる。
そんな穏やかな空気に包まれたこのお屋敷は、街の有力者であるカナリス家のお屋敷であり、私の仕事場だ。
そして、私の朝は私のお仕えする坊ちゃんを起こすことから始まる。
坊ちゃんを起こしてお世話をして、その他の雑用諸々を片付けながら、坊ちゃんの要望に応じる。
それが、このお屋敷のメイドである私の日常。
このお屋敷の静かで温かな雰囲気と同じ、穏やかな日常である。

朝、鳥たちのさえずりと共に、程よくあいたカーテンの隙間から朝日が差し込む。ちょうどよく計算されているその隙間からの光は、気持ちよく寝ている私の顔を照らして、私に朝が来たことを知らせる。
「んー……」
眩しい朝の光を避けるように閉じたままの目をさらにぎゅっとつぶり、寝返りを打つ。
こつりと、自分の額が何かにあたったことに気が付いて、ぼんやりと目を開ける。
目の前には、大きな背中。寝ぼけたまま、その背中に額を擦り付ける。
背中の主は身をよじって、布団を深くかぶる。
その様子をぼんやりと見つめてから、ゆっくりと体を起こす。
隣に眠るその人の頭を一撫でしてから、ベッドをそろりと抜け出す。
私の朝一番の仕事は隣に眠る彼を起こすことだけれど、まだその時間じゃない。
今は、私が起きる時間であって彼―坊ちゃんを起こす時間じゃない。
だからこそ、朝日が私にだけあたるように計算して、眠る前に少しだけカーテンを開けておくのだ。
坊っちゃんは、驚くほど朝に弱くて早めに起きることを嫌う。
だったら別に眠ればいいのに、坊ちゃんはいつも一緒に寝たがるのだ。
理由を聞いても、返ってくる言葉はいつも同じ。
「恋人同士なんだからいいだろう!」
これは、坊ちゃんの口癖だ。
何を隠そうこの私――リーナ・エンデは、カナリス家のメイド兼坊ちゃん――アルベルト・カナリスの恋人なのである。
私としては、メイドにも関わらずお仕えする坊ちゃんと付き合っている手前、こっそり静かに付き合いたいのだけど、坊ちゃんはそうじゃない。
むしろ、お屋敷中どころか街中に公言してもいいとすら考えているのだから、困ったもの。
私と坊ちゃん――アルとは、もう立場が違うのだと何度言い聞かせたかわからない。
とはいえ私も、付き合い始めた頃は何とも思っていなかった。
元々アルとは幼馴染で、あの事件がなければ、身分違いの恋なんかじゃなくて、幼馴染の恋だったはずだ。
「幼馴染なのは変わらないんだけどなぁ」
そんなことをぼやきながら身支度をすませ、調理場へと降りていく。
「おはようございます」
挨拶と共に調理場の戸を開けると、朝ごはんのいい香りが漂ってくる。
調理場では料理人たちが忙しそうに動き回っている一方で、テーブルでは身支度を終えたメイドや執事達がのんびりと朝食を食べている。
食事をとる時間は、それぞれの仕事の関係でバラバラだけど、食事をとる場所はここだけなので、自然と使用人たちが一堂に会すのだ。
「エンデ。昨日は自室で休んだのだろうな?」
人の顔を見るや否や、執事長のクラーク・ブレンティスが鋭い目つきとともに言い放つ。
「いいえ。ブレンティス様。坊ちゃんが共にとおっしゃるので、一緒に休みました。」
やり取りを聞いていた仲間のメイド達が、くすくすと笑いだす。
毎朝毎朝同じやり取りをしているのに今更何をと、半ば呆れた笑いだけど。
「ブレンティス。毎朝同じことを聞いてよく飽きないわね。坊ちゃんがそうお望みなのだから、あなたが口出すことじゃなくてよ」
呆れ顔のメイド長――サリー・ピアソンがこう返すのも、毎朝のことだ。
「しかしだな、ピアソン。メイドらしい立場というものがあるだろう。それに……」
くどくどと小言を始める執事長を尻目に、メイド長は私に目を向ける。
「リーナ。今日は急な来客が入ったそうだから、いつもより早めに坊ちゃんの支度をしてちょうだい」
「はい。メイド長。お客様はどなたでしょう?服装の指定はございますか?」
「……いつも通りでいいわ」
「かしこまりました」
妙な間を開けて答えるメイド長に違和感を覚えつつ、返事をする。
調理場へ向かうと、料理番のメイド――アリシアがトレイを持って近づいてくる。
「はい、リーナ。二人分の朝ごはんね」
「どうして二人分?」
「坊ちゃんのご機嫌取り」
「あはは……」
真顔で言うアリシアに、思わず渇いた笑いが漏れる。そうだった。
朝早めに起きるのが嫌いな彼を、これから起こさなくてはならないのだ。
不機嫌になるに決まっているから、せめて二人で一緒に朝ごはんを食べろとそういうことらしい。 
アリシアとは、働き始めた時期が同じで、メイドの中でも一番仲が良い。
アルと自分の関係を、素直に応援してくれている数少ない人でもある。
アリシアは、いつもこうやって自分の手助けをしてくれる。
「ねぇ聞いた?今日誰が来るのか」
「ううん。メイド長は教えてくれなかった。服装とか色々あるのに」
有力者の息子たるもの、場に即した服装は必要不可欠。
そして、その服装を整えるのは私の仕事だ。
アルに恥をかかせるわけにはいかないのだから、誰が来るのかどんな場なのかを知るのは大切なのだ。
なのに、メイド長は「いつも通り」とだけ。
「本当、困っちゃう」
メイド長には聞こえないよう、ぶつぶつと小声で文句を言っているとアリシアがそっと耳打ちしてきた。
「お見合いらしいよ、今日」

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1.青天の霹靂

これが、青天の霹靂というものでしょうか。

「ねぇ、オレと付き合ってよ。」

いつもと変わらないはずの昼休み。
お気に入りの場所に響いたその声が、
私の日常を、ガラリと変えてしまいました。

* * * 
 

お昼休み。
私はいつも、校内の端にある木の下で過ごす。校舎裏にあたるこの場所は、ほんとんど人も来なくてとても静か。ここでお昼を食べながら、読書をするのが私の日課。この場所を知っている生徒なんていないんじゃないかと思うほど、この場所には誰も来ない。

来ない、はずでした。

「ね…さん。…よ。」

何か、声が聞こえたような気がして、私はぼんやりと顔を上げた。本に集中していて、何を言われたのか、さっぱり聞こえていない。顔を上げた先にいたのは、クラスメイトの楠木春だった。いつも貼りつけたように笑顔の彼は、今も笑顔だった。
「迷子?」
「へ?」
思わず口をついて出た言葉に、彼は一瞬きょとんとして、それからケラケラと笑いだした。
「えー…。なんでそういう返事なの。意味わかんないよ。」
意味がわからないのは、私の方だ。彼がなんて言ったのかもわかってないのに、そんなことを言われても、どうしていいのかわからない。自然と、眉間にしわが寄る。それに気付いたのか、彼はぴたりと笑うのをやめた。
「ごめんごめん。怒らないでよ。」
別に、怒っているわけではないのだけど。なんて説明しようか思案している内に、彼が言葉を続ける。
「でもさー、付き合ってって言われて、迷子?って普通返さないでしょ。」
まだ笑い足りないといわんばかりに、笑いをこらえながら、彼はそう言った。

いや、ちょっと待って。
彼は今、なんて言ったの?

「今、なんて言ったの?」
「ん?普通迷子って返さないでしょって。」
「その前!」
思わず口調がきつくなる。
いやだって、なんか『付き合って』とか言わなかった?聞き間違い、だよね?
「付き合ってって言われて、迷子って…」
彼の言った言葉に唖然とする。後半の言葉なんてどうでもいい。
『付き合って』って、誰が誰に言ったの?
「意味が、わかんない。」
茫然として呟くと、彼は少し困ったような顔をした。
「えっと、迷惑、かな?」
彼は真っすぐ私を見て、私の答えを待っている。私は、彼になんて返せばいいのか分からずに黙りこむ。何から聞けばいいのか、何に対して答えればいいのか。頭の中が混乱していて上手く言葉が出てこないのに、それでも沈黙に耐えられなくて、口を開いていた。
「や、えと、誰と誰が付き合うの?」
「ん?オレと秋坂さんでしょ。」
何当たり前の事言ってんの?と言わんばかりの顔で、彼は答える。いつものニコニコ顔で。
「いやいや、そうなんだけど、そうじゃなくって。いやそうでもなくって。」
もはや、自分で自分が何を言っているのかわからない。
「その、えと…。」
「落ち着きなよー。そんなにびっくりした?」
「えと、うん。や、意味わかんなくて。」
そもそも、なんでこんな話になったんだっけ?必死に頭を回転させて、最初の最初を思い出す。
「そう!そうだよ!」
「うわ、どしたの?」
「最初、なんて言ったの?」
「え?最初?」
「そう!ここに来た時!」
そう、そうだった。そもそも私は、なんで彼がここに来たのか、彼が最初に何をいったのか知らない。それをようやく思い出して、意気揚々と彼に疑問をぶつける。
ぶつけられた彼は、へなへなとその場に座り込んだ。
「あれ?どしたの?」
「いや、あのさ、もしかして聞こえてなかった?」
「うん。本読んでたから。」
ひらひらと、持っていた本を彼の前に掲げる。彼はがっくりとうなだれて、何やらぶつぶつと呟いて、それから顔を上げた。
「仕方ない。仕切り直すか。」
そう言って彼は、座っている私と目線を合わせて、真っすぐに私を見る。私の中の楠木春という人間は、いつもヘラヘラ笑っている印象で。だから、今の彼を見ても、こんな真剣な顔もできるんだなぁなんて、呑気に考えていた。
「ねぇ、秋坂さん。オレと付き合って。」
彼のその言葉は、私の思考を停止させた。
「あ、ねぇ、ナツって呼んでいい?」
真剣な顔をしていた彼は、ふにゃりと笑顔になって、そう言った。

私は、ただただ言葉を失っていた。

楠木春というクラスメートは、いわゆる人気者で、取り巻きの女の子とかもいて。いつも貼りつけたみたいな顔で笑っているなぁとか思っていたけど。
クラスの隅っこで目立たずに生きている私にとっては、それはそれは遠い人で。そんな彼が、今私に対して訳のわからないことを言っていて。もうどうしたらいいのか、何を答えなければいけないのかもわからなくなっていた。
「ナーツー。大丈夫?」
呼んでいい?とか言っていたくせに、勝手に私の名前を呼んでいる彼。なんでナツなんだろう?とかくだらないことは考えられるのに、肝心要の彼の『付き合って』発現には、全く思考が回らない。
「秋坂夏実だから、ナツ?」
「うん。あ、オレの事はハルって読んでね。」
相変わらず、彼はにこにこと笑っている。

ハルって、ハルって!いきなり呼べるわけない!

一体彼は何を考えているんだろう。さっぱりわからない。
「ね、返事は?」
「わかんない。」
思っていたことが、そのまま口をついて出てしまった。いやでも、付き合いたいかと言われても、正直分からない。少なくとも彼を恋愛対象と認識したことないのは、確か。確かだけど、じゃあ嫌なのかといわれると、それも何か違う気がして。
「そっか。わかんないのか。」
彼は、私の返事に怒るでもなく、文句を言うでもなく、何かを考え込んでいるかのように、押し黙った。いつもクラスの中心で、わーわー話している彼が、黙り込むこともあるんだなぁとか、またしても私は呑気な事を考えていた。そんな私に、彼はまたしても衝撃的なことを言った。
「よし!じゃ、とりあえず、付き合ってみよ。」