「紅桜」紹介ページ


A5/2段組み/p.126*通販はこちら
イベント頒布価格:600円/通販価格:700円

+キーワード
暗殺者/10代/少年少女/しんどい/青春/バトル(戦闘)

+あらすじっぽいもの
少年一人と少女三人で構成された暗殺部隊、アンゲルス隊。

少女にとって、それは当たり前の日常だった。
少年にとって、それはいつかくる未来だった。
けれど、他の少女二人にとって、それは前代未聞の事態だった。

彼らを繋ぐのは「組織」と「正義」

その筈だった。

一人の少女の揺らぎが、大きな亀裂となって四人に降りかかる。

知っていた筈の「組織」も信じていた筈の「正義」も全部偽物だった。
彼らは、それぞれの信じる正義のために、今日も殺す。
四人の少年少女による青春バトルストーリー開幕。

「正義って、何?」

+登場人物紹介
朧:アンゲルス隊暗殺兵。男。16歳。通常の生活を送りながら、暗殺兵としての訓練を幼い頃から受ける。

水無:アンゲルス隊指令兵兼暗殺兵。女。16歳。組織幹部の娘。勉学と護身術に長けるよう教育された。

鈴:アンゲルス隊暗殺兵。女。年齢不詳。組織が保護した娘。外の世界には一切触れずに育てられた。

霞:アンゲルス隊暗殺兵。女。16歳。Xデーに生き残った娘。身体能力が高い。暗殺兵として引き入れられた。

+冒頭お試し読み
プロローグ ――雨の中に咲く紅い花

その日、いくつもの罪なき命が失われた。
その日、いくつかの罪なき心が崩壊した。
その日、彼らの狂った日々と壮絶な戦いが始まった。

* * *

ここは、都市部から僅かに離れたベッドタウン――杉乃。人々は毎朝混み合う電車で都会の職場へ通い、夜になるとこの街へ帰ってくる。休日には俄かににぎわうこの街だが、平日は静かそのものだ。日中――正確に言えば、小学校や幼稚園が終わる午後の二時頃から夕方の五時頃の時間帯に子どもたちの声が時折聞こえる以外は、とても静かな街である。そんな杉乃にある、とある私立高校――水上高等学校。全国的な知名度はないが、ここ杉乃ではいわゆる誰でも入れる高校として有名である。その噂通り、水上高等学校は様々な入学ルートと普通科、特進科、スポーツ科、支援科など様々な科があり、どんな子どもでも入学可能である。
 そんな誰にも優しい高校で、この日事件は起きていた。
 その日の終礼の時間、一部の生徒だけに密かに配られたプリントがあった。生徒たちは個別に呼び出され、そのプリントを受け取っていた。水月菜々とその恋人――清水蓮も、そのプリントを受け取った生徒の一人だった。
「菜々、なんだと思う? この召集令状的なプリント」
「さあなんだろうね?」
首を傾げる蓮につられて、菜々も首を傾げる。
二人が受け取ったプリントには、本日の夜八時に学校へ集合することと書かれていた。プリントによれば、今日は赤い満月が出る珍しい日なので、一部の生徒だけを集めて催し物をするのだという。ただ、催し物をすることと集合時間以外は何も情報が書かれておらず、先程二人にプリントを渡した担任も何も情報を持っていなかった。
「担任も内容知らないって不思議だよな」
「そうだね。何をするんだろう? 一部の生徒だけっていうのも、少しおかしいよね」
 考え込む蓮の横で、菜々はどうしようもない不安に襲われていた。蓮に悟られないように気を付けながら、そっとスカートの上から自分の太ももあたりを撫でる。太ももには、護身用のナイフを巻きつけてある。スカートの上からさりげなくその所在を確かめる。ただの高校生がそんなものを持っている筈もないのだが、菜々は違った。菜々自身詳細は知らないが、両親がちょっとばかし危ない仕事をしている為、護身用としてのナイフを持っているのだ。勿論、護身術も完璧に身についている。とはいえ、普段学校にそんなものを持ってくることはないのだが、今朝は両親にしつこく持っていくように言われ、しぶしぶ身に着けてきた。彼氏である蓮が触ってきたら一発でバレてしまうじゃないかと反論しようとも思ったが、残念ながら蓮は学校で手を出してくるようなタイプではない為、反論の余地もなく今に至る。
(この催しに、何かあるのかな?)
 そう、不安を覚えずにはいられなかった。今朝の両親の言動を考えると、恐らく何かが起きる可能性があるということは容易に想像できる。そして、今日一日学校で過ごしていつもと違うことといえば、この召集くらいしかない。とすれば、この召集に何かあるんじゃないかと考えるのが妥当じゃないかと、菜々は思案していた。
「菜々、八時までどうする? 試験も近いし、教室で試験勉強でもする?」
「そうだね。そうしようか」
 蓮の提案に菜々も素直にうなずいて、二人はそのまま教室へと歩を進める。
 教室へ戻ると、早速教科書やノートを広げて試験勉強を始める。そこには、高校生らしい日常があった。
 運命の八時が来る、その時までは。

* * *

 日が沈み、夜の帳が降りる。ぱらぱらと家路を急ぐ人以外に、外に人は見当たらない。特に、水上高等学校周辺は学校や公共施設が多く、人影がない。一般の人の、人影は。
 ゆらり、ゆらりと真っ黒な塊が、道を歩いている。それも複数。時折街灯に照らしだされて見える姿は、恐らく人である。おとぎ話に出てくる魔法使いが着ているような真っ黒なローブを身に着け、そのフードを深く被るそれらはゆったりと確実に学校へ向かっていた。中には、制服とおぼしき格好の上にローブを着ているものや、ちりんと綺麗な音を出す鈴のついた首輪をしている者もいる。そしてそれらは皆一様に、その手に鈍く光る何かを持っていた。
 八時まで、後数分。それら複数の人らしき塊が学校へたどり着くまでも、後数分。
 そして、運命の八時が訪れる。
 普段夜は鳴る筈のない学校のチャイムが、高らかに音を鳴らし八時を告げる。
 それを合図に、一斉に黒い塊が走り出す。その手に持った光るものをちらつかせながら、一斉に学校の敷地内へ入っていき、ある者は校舎内へ、ある者は校庭へ、ある者は校舎裏へそれぞれ向かっていった。
 そして数分の後、学校内は悲鳴に包まれた。

* * *
 
制服の上にローブを纏った男は、真っ直ぐ校舎裏へ向かっていた。その手には、銀色に光る凶器。彼は自分の運命を呪いながら走っていた。その一方で、ただただ本能のままに走っていた。すでに学校の敷地内の至る所から悲鳴が聞こえてきている。どうか間に合ってほしい、どうか誰にも殺されないでくれと、そんなことを思いながら彼は走り続ける。
 校舎裏の桜の木の前で、彼はようやく足を止めた。
 桜の木の下には、女子生徒が佇んでいた。その女子生徒が自分の探していた人物なのかどうかなんて、確かめなくてもわかった。
 ゆっくりと、女子生徒に近づいていく。満月の明かりの元、桜の木の下に佇む女子生徒は、たいそう美しく見えた。だが、そんなことは今の彼には関係ない。大切なのは、手早く彼女を葬り去ることだ。
 ざりっと砂を踏む音に、女子生徒が振り返る。
「サヨナラ、ハルカ」
 そう一言呟いて、彼はその手にある凶器を振り下ろした。
 無音だった。
 ただ、女子生徒の体が大きく切り裂かれ、鮮血が飛び散り、淡い桜色が真っ赤な紅に染まる。それだけだ。
 女子生徒は目を見開いたまま、後ろ向きに倒れこむ。今度は、どさりと鈍い音がした。女子生徒から溢れだす血が、あたりに水たまりを作っていく。彼はよろよろと女子生徒に近づき、崩れるように女子生徒の隣に座り込む。バシャリと血池から血が跳ねる音がして、彼に鮮血を浴びせる。
 彼は血を吸ったローブを脱ぐと、女子生徒にかけ、女子生徒をそっと抱き上げた。
 彼の頬は、紅くはない何かで濡れていた。
 一陣の風が吹き、花びらが舞い、血池に落ちる。
 一陣の風が、黒い雲を呼び寄せていた。

* * *

 ちりんと、廊下に綺麗な鈴の音が響く。音の主は、鈴のついた首輪に黒いローブ姿の少女だ。
「マスターが皆狩って良いって言った」
幼さの残る無邪気で楽しそうな声が廊下にこだまする。少女の右手には黒光りする凶器。左手には銀色の凶器。
 少女は楽しそうに廊下を走り回りながら、獲物を探す。それはさながら、鬼ごっこをする鬼のようで、おおよそこれから少女が成す行動を思い起こさせるものではなかった。その手にしているものを除けば。
「見ぃつけた」
 少女の目の前には、廊下の窓から外を見つめる女子生徒がいた。少女の声に女子生徒は顔をあげ、少女を見やる。
「何してるの?」
「あのね、狩りをしているんだよ」
 そう言うが早いが、少女は右手の武器を構える。刹那、女子生徒は走り出していた。本能がそうさせたのか、彼女の持つ反射神経がそうさせたのか、とにかく女子生徒は走り出していた。
「わー、鬼ごっこだね鬼ごっこ!」
 楽しそうにそう叫んで、少女は滑るように走り出す。ちりんちりんと、少女の首元の鈴が楽しげな音を出す。
少女も足が遅い訳ではないが、相手の方が上回ってるのか、なかなか追いつかない。廊下の角を曲がると、もはや女子生徒の姿を捉えることすらできなかった。
「見失っちゃった」
 少女はふてくされたように、頬をぷっくりと膨らませる。それからくるりと踵を返して、元来た道を戻っていった。
 一方の女子生徒は、空き教室の掃除用ロッカーに逃げ込んでいた。彼女は、懸命に耳をそばだてるが、自分自身の心臓の音がばくばくとうるさく、周りの状況がうまく把握できずにいた。ただ、少女の首にあった鈴の音はしなくなっていた。
(何が、起きてるの?)
 担任に渡されたプリントを元に、自分はここへ来ていた。そうして、先程廊下から外を見ていて恐ろしいものを見、自分自身恐ろしい目に合っていた。何が起こっているのか訳がわからず、恐怖でうまく頭が回らない。
(逃げなきゃ……)
 その思いだけで、女子生徒は恐る恐るロッカーから這い出る。そっと教室の引き戸を開け、辺りの様子をうかがう。遠くから幾人もの悲鳴が聞こえるが、この辺りは静かだった。
 女子生徒は走り出す。聞こえてくる悲鳴と迫る恐怖から逃げ出すために。

* * *

 清水蓮と水月菜々は、校舎内を疾走していた。廊下に、二人の荒い息遣いと荒い足音が響く。
 八時のチャイムが鳴った時、二人は教室にいた。これから何が起こるんだろうね? なんて、呑気な会話をしていた所チャイムが鳴った。どこへ行けばいいのか、何が起こるかもわからず、二人はただ教室に留まっていた。
 数分して、学校のあちらこちらから悲鳴が聞こえはじめ、様子を見ようと廊下を覗きこんだ二人の目に飛び込んできたのは、今まさに人が切り刻まれた瞬間だった。それを見た二人は、どちらからともなく走り出していた。ここに居たら殺される。本能が、そう告げていた。
 走る二人の足音を追うように、別の足音が聞こえてくる。先ほど誰かを切り刻んだその人物が、二人を追っていた。
「ねぇ! どこへ逃げるか考えてる!?」
「とにかく外へ行こう!」
 お互い怒鳴りあうように声を掛け合う。転がるように階段を駆け下り、なんとか校舎の外へとたどり着く。
 校庭も、地獄絵図だった。
 そこかしこに人が倒れ、きらりきらりと金属らしきものが月明かりに反射している。
「ここは突っ切れない。裏へ回ろう」
「うん」
 蓮の言葉に菜々が同意して、二人は再び走りだす。校舎裏にある桜並木へ向かって、二人は走る。疾走する菜々の目に、人影が写る。一瞬身構えたが、どうやら人影は生徒のようだった。その生徒の足元に広がるのは、恐らく血だろうと菜々は直感していた。辺りは鉄臭く、その生徒はピクリとも動かない。その生徒も殺されてしまったのだろうかと思いながら、その場を通り過ぎていく。
 四階の教室からずっと走り続けている為、足の動きがだんだんと鈍ってきていた。
「あっ……」
 動きの鈍った限界に近い足がもつれ、菜々がよろける。
「菜々! 後ろ!」
 叫ぶ声に振り向くと、そこにはフードを被った人物。手には、光る凶器。あれだけ護身術を叩きこまれてきたのに、菜々は突然の出来事に固まってしまっていた。
 光る凶器が振り下ろされ、目の前が赤く染まる。ただ不思議と、痛みはなかった。
 目の前で、蓮が崩れ落ちていく。切られたのは菜々ではなく、菜々の前に飛び出た蓮だった。
 どくんと、心臓が脈打った。急速に頭が冷え、じわりと菜々の中に何かが芽吹いた。
気が付けば、菜々はナイフを取り出し握りしめ、相手に切りかかっていた。
 ガチンと金属がぶつかり合う音が何度か響き、やがて菜々の視界が赤く染まった。今度も、痛みはなかった。
目の前で黒い塊が崩れ落ちていく。
ばちゃりと嫌な音を立てて崩れ落ちたそれが跳ね散らかした血が、菜々に降りかかる。
 菜々は、大きく肩で息をしていた。無我夢中だった。人の肉を切った感触が未だ手に残っていて、手が震える。身も心も疲れ切り、逃げる気力もなく、菜々はその場に座り込む。
 一陣の風が吹き、桜の花びらを菜々に降らせる。
 血で濡れた肌に花びらが張り付き、花びらが紅く染まる。
(気持ち悪い……)
 茫然自失。まさに今の菜々はそう言った状態だった。
 一陣の風が呼んだ雲が、徐々に徐々に月を隠していく。
 やがて、さっきまでの晴れた空が嘘のように黒く染まり、雨が降り注いだ。
 雨がすべてを濡らし、洗い流していく。
 けれど、菜々にこびりついた血や赤い花びらが、洗い流されることはなかった。

* * *

この日の惨劇で、多くの生徒が亡くなったという。しかし、そのことが公になることも、問題となることもなかった。ただ、この日杉乃の街で集団自殺だか、集団失踪だかがあったと、そんな都市伝説まがいの噂だけが流れた。
 そしてこの日生き残った数名の生徒達は、暗い闇の世界を生きることとなったそうだ。

Episode 1 ――日常

 闇夜にチリンチリンと軽やかな鈴の音が響く。
 黒いフードを深く被った小さな塊。その塊はひょいひょいと、軽やかに屋根から屋根へと飛び移りながら闇夜を進む。その後を、それよりも大きな黒い塊が音もなくついていく。更にその横を、やや遅れ気味についていく塊が一つ。
 それらはある大きな屋敷の近くまで来ると、歩みを止めた。三つの塊が横に並ぶ。雲間から僅かに降り注いだ月光が、それらを照らす。姿形は見えない。が、鈍く光る銀色のモノを手にしているのはわかる。おそらく、人間。
 一瞬――いや刹那、ちらりとお互いを見てそれらは散り散りに駆け出した。向かった屋敷は、目の前の大きな屋敷。鈴の音を鳴らしながら、小さな塊は塀に飛び乗り、塀伝いに建物へ駆けていく。残りの二つは、二手に分かれて屋敷の周りをぐるりと回るように駆けていった。しん……と静まり返った闇夜に、鈴の音だけが響く。
 しばらくして、屋敷からは大きな悲鳴があがった。三つの黒い塊が、再び屋根を飛び移りながら来た道を戻っていく。
「狩り、終わったよ」
 鈴の音を鳴らしながら、小さな黒い塊がつぶやいた。

* * *

 半年。それは、世界が変わるのに十分な時間だろうか。時間にして、約四千三百九十二時間。それは、人が変わるのに十分な時間だろうか。
 少なくとも、当事者である彼らにとっては変わるのに十分な時間だった。そして多くの人にとっては、忘れるのに十分な時間だった。
 あの惨劇の日から半年。一時は噂になったその出来事も、今では誰も語らなくなった。あの日、何人死んで、誰が死んで、何人生き残って、誰が生き残ったかなんてこと、世間は知らない。当然、生き残った者たちがその後どんな生活をしているかなんてこと、誰も気にしていないし、誰も知る筈がない。
 それでも。たとえ世間が忘れ去り、誰も興味を持っていなかったとしても。その出来事は、確実に彼らに影響を与え、変化を与えた。そして、変化はいつしか日常へと変わっていた。
「おかえり」
 眼鏡をかけ、髪を後ろで一つにくくった少女は、椅子に座ったまま入り口を振り返り、入り口に立つ面々に声をかけた。
「ただいまぁ」
 首元の鈴をチリンチリンと軽やかに鳴らしながら、金髪の少女は椅子の方へ駆け寄っていく。少年がその後に続き、もう一人茶髪の少女は扉の脇で茫然と立ち尽くしていた。
「水無、ちゃんと狩り終わったよ」
 水無と呼ばれた椅子に座っていた少女は、自分の膝にあごをちょこんと乗せ、ニコニコと報告してきた金髪の少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「お疲れ様、鈴。今日もよくやったね」
 うっすらと笑みを浮かべてそう言ってから、水無は後ろの少年の方へ視線を向ける。
「朧、首尾は?」
「無事終了。仕事自体は大したことなかったけど、あれ、邪魔なだけなんだけど」
 朧と呼ばれた少年はそういうと、扉の脇で立ち尽くす少女を指さす。
「霞、やっぱりダメ?」
「ダメだね。鈴の方がよっぽど使える」
 朧はそう言いながら、水無の膝元でじゃれている鈴の頭を撫でた。
「私が話す。鈴、朧お疲れ様。休んでいいよ。返り血、ちゃんと落としなよ」
 鈴の頬についてる血を指で拭いながらそういう水無に、鈴はニコリと笑い、朧は「はいはい」とめんどくさそうに呟く。
 水無があえて声をかけるのも無理はない。二人が羽織っているローブは黒くてよくわからないが、二人の顔も手も髪も血が飛び散り、乾いてこびりついている。
「朧、落とすの手伝って」
「嫌だよ。水無か霞に手伝ってもらえよ」
「えー」
 不満そうに口を尖らせる鈴を横目に、ローブを霞に放り投げつつ、朧は部屋を出ていく。
「霞、後始末よろしく」
「あ、うん」
 霞と呼ばれた茶髪の少女は、慌ててローブを受け取る。朧の後ろをついてきた鈴は、歩きながらローブを脱ごうともたもたしている。
「鈴ちゃん、手伝うよ」
霞が鈴のローブに手を伸ばし、脱ぐのを手伝う。鈴はうんうん言いながら、やっとこローブを脱ぐと首元の鈴を鳴らしながら部屋を後にした。
 二人だけになった部屋に、しんと沈黙が降りる。水無はゆっくり立ち上がると、霞の方へ歩み寄る。
「霞」
 霞はゆっくりと水無を見やる。水無は片眉を吊り上げ、射るような目で霞を見ていた。
「あんた、いつまでその態度でいるつもり?」
「私には、無理だよ。みずつ……」
「その名前はここでは出すなって何度言ったらわかるの?」
 霞の言葉を途中で遮り、水無は霞を睨みつける。静かな声ながらも威圧感のある言い方に、霞はびくりと肩を震わせた。
「ごめん」
「気持ちは分からなくはないけど、いい加減踏ん切りつけなよ。もう、元の生活には戻れないんだから。私もあんたも」
 静かな口調で淡々とそう言うと、ぽんと霞の肩を叩いて水無も部屋を後にする。水無が部屋を出ると、壁際にちょこんと鈴が座っていた。
「お話終わった?」
「終わったけど、私は報告に行かなきゃいけないから、お風呂は霞と入りな」
「はーい」
 鈴は立ち上がると、ひょいと部屋を覗き込む。
「霞、お風呂いこ!」
「あ、うん。そうだね、行こうか」
 腕に抱えたローブを持ち直して、霞は鈴の手を取る。鈴はニコリと笑って、霞の隣を歩く。チリチリと楽しそうに鈴を鳴らしながら歩く鈴とは対照的に、霞は沈んだ面持ちでギュッとローブを握りしめた。