「フロゴスの桜」紹介ページ


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イベント頒布価格:500円/通販価格:600円

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青春/女子高生/魔女/現代ファンタジー/友情

+あらすじっぽいもの
元暗殺者の果鈴。
魔女見習いの紫。
花の精の生まれ変わりという紅音。
ちょっと変わった3人の女子高生は、それなりに女子高生らしい青春を謳歌していた。
ただ一人、果鈴を除いては。
紫も紅音も自分の「ちょっと変わった」部分を隠してはいない。
だけど果鈴だけは、自分が「人殺しの暗殺者」だったことをひた隠しにしていた。
けれど、その秘密は余りにも重く、元の生活が果鈴を「ただの女子高生」にしてくれない。
少しずつ少しずつひずみが生まれ、やがてすべてが明るみになる。
過去を知られてしまった果鈴と知ってしまった紫と紅音。
三人の友情が揺らぐ中、果鈴の過去が3人を次々と事件に巻き込んでいく。
悩んで迷って彼女たちなりの答えを見つける青春ストーリー。
※2巻は秋ごろに出る予定です。
※実は紅桜の後日譚ですが、紅桜未読でも楽しめます。でも紅桜を読んでいるともっと楽しめます(ダイマ)
※冒頭お試し読みはリンクから!

+登場人物
果鈴:元暗殺者の女子高生。暗殺者として育てられ、外の世界を知らなかったので世間ずれしている。年齢より幼い言動が多い。でも見た目はスタイル抜群&ハーフ顔の美人さんだ。運動神経がいい。かつての呼び名は鈴。

紫:遊びで魔法陣描いたら異世界に飛んで魔女見習いになった女子高生(詳しくは勿忘草Memory1参照)。異世界の本を持ち歩きたまに魔法を使い出す以外は、至って普通の女子高生。三人の中で一番普通。

紅音:自らを花の精の生まれ変わりだと主張する女子高生。実際そうらしく、前世で好きでたまらなかった自分を育ててくれた青年の生まれ変わりを追いかけまわしている。異世界の感覚が強いため価値観がおかしい。

冬塚遥:通称、朧。果鈴と仲のいい青年。暗殺者時代の仲間で果鈴にとっては兄のような存在。何かと果鈴の世話を焼く。

水月菜々:果鈴と共に暮らす女子大生。暗殺者時代の仲間の一人。事情があって果鈴と共に暮らしている。

+冒頭お試し読み
エピソード:0 彼女たちの日常

教室窓際の一番後ろの席。日当たりはいいし、風通しもいいし、教師からは遠いし、最高の位置。そんな場所をくじ引きで勝ち取った私は、退屈な授業の教科書の陰で持ち込んだ本を開く。授業とは全く関係ないが、現在私が鋭意修行中の魔法に関しての本。そんなもの学校で読むのもどうかと思うが、師匠に会って教われる時間は限られている。となれば、授業時間を削ってでも、こっちの勉強がしたかった。
(まぁ、こっちの世界で生きるか、あっちの世界で生きるかわかんないけど、高校の授業なんか別にどうとでもなるでしょ)
 そんなことを考えながら、時折授業のノートも取りつつ、黙々と読書にふけっていると、苛立った教師の声が聞こえてくる。
「おい宮原! 宮原!」
 こちらへ歩いてきそうな教師の気配を察して、素早く本を机の中に滑り込ませる。没収される訳にはいかない。そんな事にでもなれば、師匠に何を言われるかわかったもんじゃない。自分の保身を済ませたところで、私は前の席に座るクラスメイト――宮原紅音の背中を叩く。
「紅音ちゃん、起きて!」
 大きすぎず、でも耳には入るであろう音量で声をかけると、紅音ちゃんは眠そうに体を起こす。ゆっくりと顔を上げ、私の方を向く彼女に対し、私は教師の方を指さす。紅音ちゃんが前を振り向いたのと同時に、教師の雷が落ちる。
 少しして、紅音ちゃんへの説教が終わったらしい教師が授業を再開しようとしたところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。みんなが一斉にバタバタと教科書を閉じ始めたのを見て、教師は授業の終わりを告げて教室を後にする。
「はぁ~、びっくりしたぁ」
「紅音ちゃん何回目?」
 くるりと後ろを振り向いた紅音ちゃんに、呆れ気味に問いかける。
「覚えてない!」
 元気よくそう言った紅音ちゃんの頭を、コツンと金髪美人のクラスメイト――水月果鈴が小突いた。
「紅音は不真面目すぎ」
「果鈴がまじめすぎなんだよ」
 ぷっくりと頬を膨らませて抗議する紅音ちゃんに、果鈴ちゃんは呆れたような視線だけを向ける。
「で、紫は何してたの?」
「へ? わ、私? ちゃんと、聞いてたよ。授業」
 果鈴ちゃんに唐突に話をふられ、しどろもどろに答える。が、果鈴ちゃんはニヤッと笑って私にその綺麗な顔を近づけてくる。
「私の目はごまかせないよ。教師が紅音怒鳴りつけた時に、なんか机にしまったでしょ」
「うっ……」
 しぶしぶ本を読んでいたことを白状すれば「やっぱりね!」と勝ち誇ったように果鈴ちゃんが笑う。その無邪気な笑顔に、一瞬クラスの男子がざわめいたのは気づかなかったことにしよう。
「二人とも、ちゃんと授業聞きなよ」
「だから、果鈴が真面目すぎなんだよ」
 紅音ちゃんの言葉に、うんうんとうなずいて賛同すると、果鈴ちゃんは困ったような感じで首を傾げる。
「そうかなぁ? 菜々姉はこれが普通って言ってるし。授業ちゃんと聞いてないと、菜々姉怖いし」
 むーっと考え込む果鈴ちゃんをよそに、紅音ちゃんと二人天を仰ぐ。
「あー……果鈴のお姉さん怖いよねぇ」
「そうだねぇ。三人で前にめっちゃ怒られたもんねぇ」
「あの時も怖かったけど、普段から怒ると怖いんだよ」
 以前、果鈴ちゃんの姉である菜々さんにしこたま怒られたのを思い出し、思わず三人ともテンションが下がる。
 果鈴ちゃんのお姉さんは、元々この水上高等学校の生徒会長を務めていたような人で、真面目で、優秀で、とても厳しい人。果鈴ちゃん曰く、怒った時の菜々さんは殺されるんじゃないかと思うくらい怖いらしい。とはいえ、果鈴ちゃんがいない時に「果鈴のこと、よろしくね」と言われたことがあるし、変な事さえしなければ優しい人だ。
 まぁそもそも、血の繋がりが全くないにも関わらず、両親を同じ事故で亡くしたからというそれだけの理由で果鈴ちゃんの面倒を見ているのだから、本来は相当いい人なんだと思う。
「ま、それはさておき。私はいつものように轟君の元へ行ってまいります!」
 軍隊よろしくぴしっと敬礼して、紅音ちゃんはそそくさと教室を飛び出していく。ほどなくして、紅音ちゃんと轟君の声が廊下に響き渡る。
「轟くーん! お昼一緒に……」
「しねぇよ! 毎日毎日うるさいぞ、お前」
 二人の声に、私と果鈴ちゃんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「お昼行こうか」
 果鈴ちゃんに声をかけて、鞄を手に立ち上がる。廊下で未だ轟君に絡んでいる紅音ちゃんを置いて、私と果鈴ちゃんは外へ向かう。
 水上高等学校名物の桜並木にあるベンチに、二人で腰かける。お昼休みは大抵ここにいる。植物の傍で風通しのいいこの場所は、私のお気に入りだ。
「桜、もうほとんど葉っぱだね」
 ぽつりと呟いた果鈴ちゃんの方を見ると、普段見ないような苦しそうな悲しそうな顔をしていた。
「どうかした?」
 その表情に驚いて、思わず口をついて出た疑問符に、果鈴はいつもの無邪気な笑顔を浮かべる。
「なんでもなーい!」
 空綺麗だねぇなんて、いつもの調子でいうから、あれは見間違いだったのだろうかと思ってしまう。
(見間違いじゃ、ない)
 さあっと風が吹いて、果鈴ちゃんの柔らかい金髪の髪を揺らす。桜吹雪の中の果鈴ちゃんは、溶けて消えてしまいそうで、思わず手を伸ばす。
「かり……」
「あー! 今日もだめだったぁ!」
 紅音ちゃんの声に果鈴ちゃんが顔を上げて、行き場を無くした手を、私はそっとおろした。
「紅音も諦めないねぇ」
 果鈴ちゃんの言葉に、紅音ちゃんはにっこりと笑う。
「諦めないよ! 約束だもん」
「うんうん。約束は大事だよね」
 膝の上に広げたお弁当を美味しそうに頬張りながらそう言う果鈴ちゃんに、紅音ちゃんは「だよねだよね!」と飛びつかんばかりの勢いで同調する。
「約束って言っても、轟君は覚えてないんでしょ? もう一年くらいだっけ?」
「覚えてないのは仕方ないよー。生まれ変わっちゃってるんだもん。何年かかろうが諦めないよ」
 真っ直ぐ前を向いてそう言い切った紅音ちゃんは、ひどく真剣な顔をしていた。
 果鈴ちゃんと言い紅音ちゃんと言い、二人ともふとした瞬間に普段とは真逆の顔をするから、その度にびっくりする。
(抱えているものがあるからなのかなぁ)
 私は、至って平凡な女の子だった。去年の夏、いたずらで試した魔法陣が成功してしまうまでは。
 と言っても、こことは違う世界――ビリジニア国にたまに行くくらいで、感覚とかそういうのは全くもって普通、と自分では思っている。普通の親に育てられ、普通の家庭に育ち、普通に友達がいて、普通に毎日過ごしている。今も。
 だけど、二人は違う。紅音ちゃんも果鈴ちゃんも、そんな普通とはかけ離れた生活をしている。
 紅音ちゃんは、元はビリジニア国の生まれだ。そもそも人間ですらなく、人へと転生して今ここにいる。
 果鈴ちゃんは、詳しいことは知らないけど、両親を亡くして以来、姉と慕う菜々さんと二人暮らしなのだから、私には到底わからない苦労とか、あったんじゃないかと思う。
「ま、好きにしたらいいけどさ、早くお昼食べよ」
 紅音ちゃんに声をかけて、三人でお弁当タイム。他愛もない話をしながら、お昼のひと時を過ごす。
 ふと紅音ちゃんが上を見上げて、手を伸ばす。
「ここの桜、本当にきれいだよねぇ。ちょっと赤みがかってるのが良い感じ」
「そうだねぇ。なんか数年前から赤みがかるようになったらしいよ」
「そうなんだ」
 紅音ちゃんと二人、桜の話題で盛り上がる中、果鈴ちゃんはぼんやりと桜を見上げていた。どうかしたのかと声をかけようとしたところで、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
 誰からともなくお弁当をしまい、立ち上がる。紅音ちゃんが真っ先に歩きだし、私も後をおって歩き出す。ふと後ろを振り返ると、果鈴ちゃんはまだ桜の方を見ていた。
「紅い、桜」
「果鈴ちゃん?」
 私の方を振り返った果鈴ちゃんは、にっこりと笑って私の手を取った。
「ねぇ、放課後クレープ食べに行こう!」
 私の答えを待たず、果鈴ちゃんは紅音ちゃんにも同じ言葉をかける。
(まぁ、いっか)
 教室に戻るまでの間、どこのクレープを食べに行くかで盛り上がる。過去に何があったとしても、私達は今はただの女子高生だ。これから起こる全ての事も、きっと青春の一ページとして私たちの中に刻まれる。そんな日常を私達は謳歌する。心を燃やしながら。

あの日、
あの時、
あの瞬間、
僕らの人生は——

窓際の日当たりの良い席で、果(か)鈴(りん)は眉間に皺を寄せる。夏の強い日差しは、彼女の色素の薄い灰色の瞳には眩しいらしく、シパシパと瞬きしては鬱陶しげに目を擦る。
「大丈夫?」
隣に座るクラスメイトが、教師に気付かれないようこっそり声をかけてくる。
「まぶしい」
ポツンと呟いた果鈴の一言に隣席のクラスメイトは成る程と頷いて、スッと人差し指を立てる。その指先を果鈴の方へ向けてブツブツとよくわからない言葉を呟き始める。その様子をぼんやり眺める果鈴の視界が、ふと翳る。もしやと思い窓の方を振り向けば、先程の眩しさは嘘のように消え去っていた。
(さすが魔女見習い)
「ありがと、紫(ゆかり)」
隣席の友人に声をかければ、どういたしましてと静かな笑いが返ってくる。
「じゃあプリント配るぞー」
担任のその一言に、教室がざわつきを取り戻す。先程まで何やら淡々と話をしていた気がするが、眩しさに気を取られて正直聞いていなかった。果鈴は慌てて回ってきたプリントに目を通す。今はホームルームの時間。家族へ渡すプリントだとしたら、詳細を知らずに渡せば物凄い雷が落ちてくる事は間違いない。
「しんろ?」
プリントの冒頭にデカデカと書かれたそれの意味が飲み込めず、隣の紫に視線を移す。紫はなんとも言えない顔でプリントに目を落としている。
「提出は夏休み前まで。じゃ解散。気をつけて帰れー」
「夏休み前」
担任の言葉を繰り返して、まじまじとプリントを眺める。進学、就職、第一希望、第二希望、第三希望。いまいち意味がわからない。怪訝そうな顔で首を傾けていると、紫から声がかかる。
「果鈴ちゃん、進路決めた?」
「しんろって何?」
「お、そこからか」
苦笑いを浮かべる紫の横からひょっこりとオレンジの髪がのぞく。
「相変わらず世間知らずだねぇ」
ケラケラと笑う友人を軽く睨みつけながら、鈴はボソリと呟く。
「紅音(あかね)にだけは言われたくない」
「紅音ちゃんは世間知らずというかマイペースって感じ?」
紫の言葉に、果鈴は面白くなさそうな顔をして、紅音の髪を軽く引っ張る。
「笑いすぎ」
まぁまぁと宥める紫に促されて、鈴は帰り支度を始める。
「ねぇ、いつものカフェ寄っていこうよー」
「いく!」
紅音の言葉にいち早く反応して、鈴はサッサと帰り支度を済ませて立ち上がる。
「あ、待って待って」
紫も手早く帰り支度をして、三人並んで学校を後にする。
今日の授業がどうだったとか、新しい服が欲しいだとか、そんな他愛もない話をしながら、三人はいつものお気に入りのカフェへと向かう。いつものようにお気に入りの窓際の席に座って、それぞれ注文を済ます。ふと訪れた沈黙に、なんとなく誰かが笑い出してやがて三人ともに笑い出す。
「なんか楽しいことあった?」
「いや別に」
ニコニコと人の良さそうな店員の言葉に、三人が揃って返事をする。店員はちょっと驚いたような顔をして、持ってきた飲み物を並べながらクスクスと笑い出す。
「箸が転がっても面白い年齢って奴かな。若いっていいよねぇ」
「おにーさん、おっさん臭いよ」
真顔でそんな事をいう紅音に、店員は苦笑いを浮かべ、紫が紅音を小突く。
「ちょっと!」
「あはは、いーよいーよ。……今を目一杯楽しみなよ」
にっこり笑ってそう言って店員は去っていく。
「あの人イケメンだよねぇ」
「えー、私は轟君の方が」
「それは紅音が轟君の追っかけしてるからでしょ。学校中で有名なくらい。ね、果鈴ちゃんはどう思う?」
興奮気味の紫にそう問われて、果鈴はチラリと店員の方を見やる。
「んー、よくわかんない」
(ちょっと、マスターに似てる、かも)
体のどこかがズキリと痛んだ気がして、果鈴は眉をひそめる。
「わからんかぁ。そっかぁ」
不満気な紫とそれをからかう紅音をスルーして、果鈴は先程渡されたプリントを取り出す。ぼんやり眺めていると、紅音が声をかけてくる。
「果鈴は進路どうするの?」
「しんろってなに?」
「あ、そこからだったねー」
そうだそうだと一人頷いて、紅音が簡単にそれを説明する。
「卒業後かぁ。考えてなかったなぁ。二人は決めてるの?」
「私はもちろん永久就職!」
今にも立ち上がらんばかりの勢いで食い気味に叫んだ紅音は、そのまま轟君と私の幸せ家族計画的な話を次々語り出す。果鈴と紫は目を見合わせて苦笑し、コソコソと会話を続ける。
「轟君て、紅音の前世の恋人? だっけ?」
「らしいね。轟君は覚えてないみたいだけど。ソフィアさんが願い叶えたって言ってたから、まぁ前世の話は本当だろうね。恋人かどうかは良くわかんないけど」
「ふーん」
興味なさそうに果鈴は相槌だけうつ。紅音は入学当初から轟君を追いかけ回していて、学年中どころか学校中がそれを知っている。轟本人は紅音のことはもちろんのこと、前世の記憶もここじゃない別の世界の事すら知らない。故に相当煙たがられている。ちなみに今は、押してダメなら引いてみろという事で冷却期間らしい。
「二人とも聞いてる?」
我にかえったのかそう問いかける紅音に、二人はゆっくり首を横にふる。なにか言いかけた紅音をスルーして、果鈴は紫に声をかける。
「紫はどうするの?」
「んー迷ってる。魔女修行したいから向こうに行きたいけど、親に説明できないしさぁ」
並々注がれた紅茶をスプーンでくるくる混ぜながら、紫はぼんやり答える。
「ま、無難に進学かなぁ。なんか役立ちそうなところで」
「ぶなんにしんがく」
紫の言葉を反芻して、果鈴はぼんやりと外を眺める。
窓に切り取られた空は、昔を思い出させる。あの狭い空しか見えていなかったあの頃。考える必要なんてなくて、言われるがままにしていれば良かったあの頃。あの日々をなんて説明したらいいのかわからない。誰かにとって辛かったあの日々は、果鈴にとっては普通の日々で、でも今の生活が「普通」だと言うなら、アレは「異常」だった訳で。
(よくわかんないな)
「大丈夫?」
考え込み始めた果鈴を心配してか、紫が声をかけてくる。
「ん。なんか、わかんないなって」
「進路? 菜々さんとか遥さんに聞いてみたら?」
「菜々さんは進学一択な感じするけどね」
やれやれと言った様子の紅音を紫が軽く小突く。
「菜々姉とはる兄かぁ。菜々姉は大学生だから進学でしょ。はる兄は……何してるんだろ?」
はてと首をかしげる果鈴につられて、二人も首をかしげる。
五つ年上のはる兄こと、冬塚遥は果鈴の幼い頃からの知り合いで、兄妹のような幼なじみのようなそんな関係だ。
「聞いてみれば?」
「うん、そうだね」
コクリと果鈴が頷いた所で話は終わり、また他愛ない話題へと移っていく。ころころと変わる話題にころころ表情を変えながら、ただ時間だけが過ぎていく。女子高生としてはよくある風景に、多分当たり前の日常に、あまりにも違いすぎるこれまでと今に、まだ何か追いついていないようなそんな気がして、果鈴は少しだけ違和感を覚えていた。
すっかり溶けきった氷に誰かが帰ろうかと言って、それぞれ帰路に着く。
「また明日」
そんな言葉が妙にくすぐったくて、不思議で、いつも果鈴は苦笑いにも似た笑みをこぼす。
二人と別れ、いつもの道を歩き出したところでなんとなく足を止める。
「朧のところ行こうかな」
楽しかったはずの時間に感じた少しの違和感が妙に重たくて、そんな時は昔の仲間である朧——遥の所へ行きたくなる。
くるりと向きを変えて、果鈴は遥の家へと足を向けた。

* * *

「連絡くらいしろって言ってるだろ?」
呆れたようにそう言いながらも、帰れとは言わない遥に果鈴はニコニコと笑顔だけ返す。
「朧いつも家にいるもん」
「あっそ」
好きにしなよと呟いて、遥はベッドに寝転がる。果鈴はいそいそとベッドに近づいて頭だけもたれかかるように、ベッドに寄りかかる。そんな果鈴の様子に、遥は手だけ伸ばしてぽんぽんと果鈴の頭を撫でる。
「鈴、なんかあった?」
昔の呼び名で呼ばれることに、肩の力が抜けていくような安心感のようなものを覚えながら、果鈴は無言で進路希望の紙を取り出す。それを受け取った遥は特に何を言うでもなく、目線だけで先を促す。果鈴は大きくため息をつく。
「私ね、朧とこうやってるのが一番落ち着く。菜々姉の『もうしたらダメ』って言うのも、今は何となくわかるよ? でもやっぱり、私にあるのは……」
「血の匂いとあの感覚?」
言葉に詰まった果鈴の代わりに遥が言葉を続ける。果鈴は静かに頷いて遥を見やる。
「ずーっと、それしかなかったんだもん。あの日の事、鈴も覚えてるよ。でも、でもね、鈴には……楽しかった気持ちしかないんだ」
消え入りそうな声でそう言う果鈴の頭をもう一度撫でながら、遥はなんとも言えない気持ちでいた。染み付いたものはそう簡単には消えない。それは、自分もよくわかっている。そういうものだと言ってしまうのは簡単だ。けれども、そんな簡単な言葉で片付けてしまうのも違う気がする。菜々の気持ちも果鈴の気持ちも分かるからこそ、うまい言葉が見つからない。
無言でいれば、果鈴の方から声をかけてくる。
「ねぇ、朧はなんで昔の呼び方で呼ぶの怒らないの?」
「呼び方なんてなんでもいい」
「菜々姉はさ、ダメだって言うから。どこで誰が聞いてるか分からないって」
よくわかんないと呟いて果鈴はゴロリと床に転がる。
「楽しいだけじゃダメなのかなぁ」
「鈴の好きにしなよ」
遥の言葉に果鈴はパッと起き上がる。
「じゃあ、ここに住みたい!」
「いや、お前進路の話してたんじゃないのかよ」
だって……と口を尖らせて、果鈴はそっぽを向く。果鈴は今、果鈴の過去を知る元仲間——菜々と二人暮らしをしている。身寄りのない者同士、寄り添いあって生きているといえば聞こえはいいが、単に過去を知られたくない菜々が、世間知らずの果鈴の教育を希望してそうなっている。遥自身は、当時まだ小学生くらい、精神年齢でいえばもっと幼い果鈴には親がいた方がいいと、唯一親のいる自分の家に来ることを提案した。けれど菜々は譲らず、二人で散々揉めた挙句殺し合いになりかねなかった為、週末や菜々がいない時は遥の家で過ごす約束で遥が折れ、今の状態になっている。
果鈴は三人で暮らすことを希望したが、それについてだけは「絶対に嫌だ」と菜々と遥の意見が一致した為即却下されている。最初の頃は言われるがまま行ったり来たりしていた果鈴も、高校生となった今は自分の好きなように行き来している。そして時折、「ここに住みたい」とこぼすのだった。
(あいつの事だから、色々口煩いんだろうな)
正直、遥も菜々が苦手だった。元々口煩いタイプだったが、あの日以来、小言に拍車がかかり鬱陶しいことこの上ない。特に果鈴の事に関しては意見がぶつかる事も多く、関わりたくないのが本音だった。そんな菜々と密室で二人きりなんて想像しただけでイラついてくる。だからこそ、気まぐれに遊びにくる果鈴を拒まないし、好きなようにさせている。
「ねぇ、朧は進路どうしたの?」
「フリーター」
「ふりーたー? って何?」
菜々は「大学生」でひたすら机に向かって勉強しているらしいことも知っているが、遥に関しては全くわからない。元々自分のことをぺらぺら話すタイプでもないし、果鈴も特に聞いてこなかった。今初めて問われたそれに、遥は思わず眉間にしわを寄せた。果鈴にどう説明していいのか、どこまで説明すればいいのか悩ましかった。
(本当のこと言うのもなぁ)
今はその時ではない。そんな気がして、曖昧に適当に質問に答える。
「時々バイトしたり、家にいたりでかけたり。自由気ままに過ごす感じ」
「ふぅん」
納得したのかしていないのか、果鈴も曖昧に相槌を打つ。
「それって楽しい?」
「さあね。まぁでも、俺には合ってるよ」
多分ねと、遥は自嘲するように笑う。
「私はどうしたらいいと思う?」
「好きにしなよ」
「そういうと思った」
面倒くさそうにそういう遥に、思わず笑みがこぼれる。遥は昔からそうだった。いつもどこか面倒くさそうで、でも面倒見がよくて、任務もそつなくこなす。果鈴の記憶に残っている限り、遥はずっと果鈴の傍にいた。昼間はいないことが多いけど、夜は大抵いて、面倒見てくれたり、一緒に訓練したり。果鈴にとって大事な仲間だ。それは、今でも変わらない。
「ねぇ朧。訓練しよ」
わくわくしながらベッドに寝転がる朧を揺さぶる。
「いいよ」
果鈴の手をどかしながらそう言って、遥は起き上がる。二人とも自然と笑みが浮かぶ。体を動かすのは、楽しい。それだけじゃない。二人にとって、それはコミュニケーションの一種のような、生活の一部のような欠かせないもので、同時に誰にも知られてはいけないものだった。