陽だまり〜Ambivalent〜 *Sample*

※冒頭3ページ目まで公開中

街外れにある木々に囲まれた大きなお屋敷。
整然と整えられた木々たちは静かな雰囲気を醸し出し、その隙間から降る太陽の光は暖かさを感じさせる。
そんな穏やかな空気に包まれたこのお屋敷は、街の有力者であるカナリス家のお屋敷であり、私の仕事場だ。
そして、私の朝は私のお仕えする坊ちゃんを起こすことから始まる。
坊ちゃんを起こしてお世話をして、その他の雑用諸々を片付けながら、坊ちゃんの要望に応じる。
それが、このお屋敷のメイドである私の日常。
このお屋敷の静かで温かな雰囲気と同じ、穏やかな日常である。

朝、鳥たちのさえずりと共に、程よくあいたカーテンの隙間から朝日が差し込む。ちょうどよく計算されているその隙間からの光は、気持ちよく寝ている私の顔を照らして、私に朝が来たことを知らせる。
「んー……」
眩しい朝の光を避けるように閉じたままの目をさらにぎゅっとつぶり、寝返りを打つ。
こつりと、自分の額が何かにあたったことに気が付いて、ぼんやりと目を開ける。
目の前には、大きな背中。寝ぼけたまま、その背中に額を擦り付ける。
背中の主は身をよじって、布団を深くかぶる。
その様子をぼんやりと見つめてから、ゆっくりと体を起こす。
隣に眠るその人の頭を一撫でしてから、ベッドをそろりと抜け出す。
私の朝一番の仕事は隣に眠る彼を起こすことだけれど、まだその時間じゃない。
今は、私が起きる時間であって彼―坊ちゃんを起こす時間じゃない。
だからこそ、朝日が私にだけあたるように計算して、眠る前に少しだけカーテンを開けておくのだ。
坊っちゃんは、驚くほど朝に弱くて早めに起きることを嫌う。
だったら別に眠ればいいのに、坊ちゃんはいつも一緒に寝たがるのだ。
理由を聞いても、返ってくる言葉はいつも同じ。
「恋人同士なんだからいいだろう!」
これは、坊ちゃんの口癖だ。
何を隠そうこの私――リーナ・エンデは、カナリス家のメイド兼坊ちゃん――アルベルト・カナリスの恋人なのである。
私としては、メイドにも関わらずお仕えする坊ちゃんと付き合っている手前、こっそり静かに付き合いたいのだけど、坊ちゃんはそうじゃない。
むしろ、お屋敷中どころか街中に公言してもいいとすら考えているのだから、困ったもの。
私と坊ちゃん――アルとは、もう立場が違うのだと何度言い聞かせたかわからない。
とはいえ私も、付き合い始めた頃は何とも思っていなかった。
元々アルとは幼馴染で、あの事件がなければ、身分違いの恋なんかじゃなくて、幼馴染の恋だったはずだ。
「幼馴染なのは変わらないんだけどなぁ」
そんなことをぼやきながら身支度をすませ、調理場へと降りていく。
「おはようございます」
挨拶と共に調理場の戸を開けると、朝ごはんのいい香りが漂ってくる。
調理場では料理人たちが忙しそうに動き回っている一方で、テーブルでは身支度を終えたメイドや執事達がのんびりと朝食を食べている。
食事をとる時間は、それぞれの仕事の関係でバラバラだけど、食事をとる場所はここだけなので、自然と使用人たちが一堂に会すのだ。
「エンデ。昨日は自室で休んだのだろうな?」
人の顔を見るや否や、執事長のクラーク・ブレンティスが鋭い目つきとともに言い放つ。
「いいえ。ブレンティス様。坊ちゃんが共にとおっしゃるので、一緒に休みました。」
やり取りを聞いていた仲間のメイド達が、くすくすと笑いだす。
毎朝毎朝同じやり取りをしているのに今更何をと、半ば呆れた笑いだけど。
「ブレンティス。毎朝同じことを聞いてよく飽きないわね。坊ちゃんがそうお望みなのだから、あなたが口出すことじゃなくてよ」
呆れ顔のメイド長――サリー・ピアソンがこう返すのも、毎朝のことだ。
「しかしだな、ピアソン。メイドらしい立場というものがあるだろう。それに……」
くどくどと小言を始める執事長を尻目に、メイド長は私に目を向ける。
「リーナ。今日は急な来客が入ったそうだから、いつもより早めに坊ちゃんの支度をしてちょうだい」
「はい。メイド長。お客様はどなたでしょう?服装の指定はございますか?」
「……いつも通りでいいわ」
「かしこまりました」
妙な間を開けて答えるメイド長に違和感を覚えつつ、返事をする。
調理場へ向かうと、料理番のメイド――アリシアがトレイを持って近づいてくる。
「はい、リーナ。二人分の朝ごはんね」
「どうして二人分?」
「坊ちゃんのご機嫌取り」
「あはは……」
真顔で言うアリシアに、思わず渇いた笑いが漏れる。そうだった。
朝早めに起きるのが嫌いな彼を、これから起こさなくてはならないのだ。
不機嫌になるに決まっているから、せめて二人で一緒に朝ごはんを食べろとそういうことらしい。 
アリシアとは、働き始めた時期が同じで、メイドの中でも一番仲が良い。
アルと自分の関係を、素直に応援してくれている数少ない人でもある。
アリシアは、いつもこうやって自分の手助けをしてくれる。
「ねぇ聞いた?今日誰が来るのか」
「ううん。メイド長は教えてくれなかった。服装とか色々あるのに」
有力者の息子たるもの、場に即した服装は必要不可欠。
そして、その服装を整えるのは私の仕事だ。
アルに恥をかかせるわけにはいかないのだから、誰が来るのかどんな場なのかを知るのは大切なのだ。
なのに、メイド長は「いつも通り」とだけ。
「本当、困っちゃう」
メイド長には聞こえないよう、ぶつぶつと小声で文句を言っているとアリシアがそっと耳打ちしてきた。
「お見合いらしいよ、今日」