Polar Baby +外伝 *sample*

※本文冒頭6ページ公開中

1.青天の霹靂

これが、青天の霹靂というものでしょうか。

「ねぇ、オレと付き合ってよ。」

いつもと変わらないはずの昼休み。
お気に入りの場所に響いたその声が、
私の日常を、ガラリと変えてしまいました。

* * * 
 

お昼休み。
私はいつも、校内の端にある木の下で過ごす。校舎裏にあたるこの場所は、ほんとんど人も来なくてとても静か。ここでお昼を食べながら、読書をするのが私の日課。この場所を知っている生徒なんていないんじゃないかと思うほど、この場所には誰も来ない。

来ない、はずでした。

「ね…さん。…よ。」

何か、声が聞こえたような気がして、私はぼんやりと顔を上げた。本に集中していて、何を言われたのか、さっぱり聞こえていない。顔を上げた先にいたのは、クラスメイトの楠木春だった。いつも貼りつけたように笑顔の彼は、今も笑顔だった。
「迷子?」
「へ?」
思わず口をついて出た言葉に、彼は一瞬きょとんとして、それからケラケラと笑いだした。
「えー…。なんでそういう返事なの。意味わかんないよ。」
意味がわからないのは、私の方だ。彼がなんて言ったのかもわかってないのに、そんなことを言われても、どうしていいのかわからない。自然と、眉間にしわが寄る。それに気付いたのか、彼はぴたりと笑うのをやめた。
「ごめんごめん。怒らないでよ。」
別に、怒っているわけではないのだけど。なんて説明しようか思案している内に、彼が言葉を続ける。
「でもさー、付き合ってって言われて、迷子?って普通返さないでしょ。」
まだ笑い足りないといわんばかりに、笑いをこらえながら、彼はそう言った。

いや、ちょっと待って。
彼は今、なんて言ったの?

「今、なんて言ったの?」
「ん?普通迷子って返さないでしょって。」
「その前!」
思わず口調がきつくなる。
いやだって、なんか『付き合って』とか言わなかった?聞き間違い、だよね?
「付き合ってって言われて、迷子って…」
彼の言った言葉に唖然とする。後半の言葉なんてどうでもいい。
『付き合って』って、誰が誰に言ったの?
「意味が、わかんない。」
茫然として呟くと、彼は少し困ったような顔をした。
「えっと、迷惑、かな?」
彼は真っすぐ私を見て、私の答えを待っている。私は、彼になんて返せばいいのか分からずに黙りこむ。何から聞けばいいのか、何に対して答えればいいのか。頭の中が混乱していて上手く言葉が出てこないのに、それでも沈黙に耐えられなくて、口を開いていた。
「や、えと、誰と誰が付き合うの?」
「ん?オレと秋坂さんでしょ。」
何当たり前の事言ってんの?と言わんばかりの顔で、彼は答える。いつものニコニコ顔で。
「いやいや、そうなんだけど、そうじゃなくって。いやそうでもなくって。」
もはや、自分で自分が何を言っているのかわからない。
「その、えと…。」
「落ち着きなよー。そんなにびっくりした?」
「えと、うん。や、意味わかんなくて。」
そもそも、なんでこんな話になったんだっけ?必死に頭を回転させて、最初の最初を思い出す。
「そう!そうだよ!」
「うわ、どしたの?」
「最初、なんて言ったの?」
「え?最初?」
「そう!ここに来た時!」
そう、そうだった。そもそも私は、なんで彼がここに来たのか、彼が最初に何をいったのか知らない。それをようやく思い出して、意気揚々と彼に疑問をぶつける。
ぶつけられた彼は、へなへなとその場に座り込んだ。
「あれ?どしたの?」
「いや、あのさ、もしかして聞こえてなかった?」
「うん。本読んでたから。」
ひらひらと、持っていた本を彼の前に掲げる。彼はがっくりとうなだれて、何やらぶつぶつと呟いて、それから顔を上げた。
「仕方ない。仕切り直すか。」
そう言って彼は、座っている私と目線を合わせて、真っすぐに私を見る。私の中の楠木春という人間は、いつもヘラヘラ笑っている印象で。だから、今の彼を見ても、こんな真剣な顔もできるんだなぁなんて、呑気に考えていた。
「ねぇ、秋坂さん。オレと付き合って。」
彼のその言葉は、私の思考を停止させた。
「あ、ねぇ、ナツって呼んでいい?」
真剣な顔をしていた彼は、ふにゃりと笑顔になって、そう言った。

私は、ただただ言葉を失っていた。

楠木春というクラスメートは、いわゆる人気者で、取り巻きの女の子とかもいて。いつも貼りつけたみたいな顔で笑っているなぁとか思っていたけど。
クラスの隅っこで目立たずに生きている私にとっては、それはそれは遠い人で。そんな彼が、今私に対して訳のわからないことを言っていて。もうどうしたらいいのか、何を答えなければいけないのかもわからなくなっていた。
「ナーツー。大丈夫?」
呼んでいい?とか言っていたくせに、勝手に私の名前を呼んでいる彼。なんでナツなんだろう?とかくだらないことは考えられるのに、肝心要の彼の『付き合って』発現には、全く思考が回らない。
「秋坂夏実だから、ナツ?」
「うん。あ、オレの事はハルって読んでね。」
相変わらず、彼はにこにこと笑っている。

ハルって、ハルって!いきなり呼べるわけない!

一体彼は何を考えているんだろう。さっぱりわからない。
「ね、返事は?」
「わかんない。」
思っていたことが、そのまま口をついて出てしまった。いやでも、付き合いたいかと言われても、正直分からない。少なくとも彼を恋愛対象と認識したことないのは、確か。確かだけど、じゃあ嫌なのかといわれると、それも何か違う気がして。
「そっか。わかんないのか。」
彼は、私の返事に怒るでもなく、文句を言うでもなく、何かを考え込んでいるかのように、押し黙った。いつもクラスの中心で、わーわー話している彼が、黙り込むこともあるんだなぁとか、またしても私は呑気な事を考えていた。そんな私に、彼はまたしても衝撃的なことを言った。
「よし!じゃ、とりあえず、付き合ってみよ。」